大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和54年(ワ)1181号 判決

原告

三枝俊治

ほか一名

被告

株式会社足立中古車センター

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告三枝俊治に対し金一一九万七〇四〇円、同三枝幸江に対し金五三万七八八〇円、およびこれらに対する昭和五四年一二月二九日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

1  被告らは各自、原告三枝俊治に対し金三五七万〇四二〇円、原告三枝幸江に対し金二一七万五三六八円、およびこれらに対する昭和五四年一二月二九日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生

日時 昭和五四年四月一九日午後一時三〇分ころ

場所 浦和市大字辻四八〇番地先路上

加害自動車 普通乗用自動車(埼五五め四八四四号)

右運転者 被告須藤

被害者 三枝史幸

態様 被告須藤の運転する加害自動車が史幸に衝突し、よつて同人を死亡させた。

2  被告らの責任原因

(一) 被告株式会社足立中古車センター

被告会社は、本件自動車を所有していたから、同車を自己のため運行の用に供していたものとして自賠法三条の運行供用者責任を免れない。

(二) 被告須藤

被告須藤は、本件自動車を運転して、浦和市南浦和方面から戸田市美女木方面に向けて本件現場附近に差しかかつた際、本件道路における制限速度が毎時三〇キロメートルであるにもかかわらず時速約六五キロメートルで進行し、かつ前方注視を怠つた過失により、前方道路上にいた史幸の直前約二三・八メートルに至つて初めて同人に気付き、急制動の措置を採つたが間に合わず、よつて同車を同人に衝突させて約二五メートル跳ね飛ばして死亡させたものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

3  損害の発生

(一) 史幸は、本件事故当日、本件交通事故のため、頭蓋底骨折による脳挫傷等により即死した。

(二) 史幸と原告らの身分関係

原告俊治は史幸の父、同幸江は同人の母である。

(三) 亡史幸の逸失利益

(1) 亡史幸は、昭和五一年七月二二日生れで、死亡当時満二歳の健康な男子であつて、死亡しなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労可能であつたから、その間少くとも昭和五三年度の男子平均賃金を下廻らない収入を得ることができた筈であり、またその生活費は多くとも五〇パーセントを越えないから、右収入から右生活費を控除し、かつライプニツツ方式により年五パーセントの割合による中間利息を控除して、その現価を算定すると金一三一二万九〇三六円となり、亡史幸は、右同額の得べかりし利益を失つた。

(算式)

(一九五二〇〇(昭和五三年度男子平均給料)×一二+六六万二三〇〇(同平均賞与額))×(一-50/100)(生活費控除)×八・七三九(ライプニツツ係数)=一三一二万九〇三六

(2) 原告らの相続

原告らは、前記(二)の身分関係に基づき亡史幸を相続し、その相続分は各二分の一宛であり、したがつて亡史幸の被告らに対する右逸失利益の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(四) 葬儀費用および仏壇購入費

原告俊治は、昭和五四年四月二〇日亡史幸の通夜を、次いで同月二二日葬儀を行い、かつ同原告方における初めての仏事であつたので、仏壇を購入した。よつて、同原告は、通夜および葬儀の費用六八万七六五二円と仏壇購入費三二万五〇〇〇円の合計金一〇一万二六五二円の支出を余儀なくされ、右同額の損害を蒙むつた。

(五) 雑費

(1) 原告俊治は、本件事故当時飛島建設株式会社に勤務し、インドネシアの同社アサハン作業所に駐在していたところ、本件事故のため急拠帰国せざるを得なくなり、そのため右アサハン作業所から東京国際空港までの航空運賃を含む帰国旅費として金一四万二四〇〇円を要した。

(2) 原告俊治は、亡史幸の死亡診断書料として金四万円を支払つた。

(六) 原告らの慰謝料

原告らは、可愛い盛りの史幸を被告須藤の無暴運転のために突如失い、悲嘆のどん底に突き落された。しかも同被告は原告らの許に一度も謝罪に来なかつた。よつて原告らのこのような甚大な精神的苦痛に対する慰謝料は、原告ら各自につき金四三〇万円宛、合計金八六〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用

原告俊治は、本訴の追行を弁護士小篠映子に委任し、着手金二〇万円を支払つた。

4  損害填補

原告らは各自金八六八万九一五〇円宛合計金一七三七万八三〇〇円の自賠責保険金を受領した。

5  よつて、被告らは各自、原告俊治に対し、前記3(三)ないし(七)の合計金一二二五万九五七〇円から同4の八六八万九一五〇円を控除した金三五七万〇四二〇円、原告幸江に対し、前記3(三)(六)の合計金一〇八六万四五一八円から同4の八六八万九一五〇円を控除した金二一七万五三六八円の損害賠償義務を負うから、原告らは、被告ら各自に対し右各金員およびこれらに対する被告らに本件訴状が送達された翌日である昭和五四年一二月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、被告会社が本件自動車を所有していることは認めるが、同須藤に原告ら主張のような過失があつたことは否認し、その余は不知である。

3  同3(一)のうち、史幸が本件事故当日死亡したことは認め、その余は不知、同(二)は認め、同(三)(1)(2)のうち史幸が二歳であつたことおよび原告らが同人の相続人であり、その相続分が各二分の一であることは認めるが、その余は不知である。

4  同(四)ないし(七)はいずれも不知である。

5  同4のうち原告らが合計金一七三七万八三〇〇円の自賠保険金を受領したことは認めるが、その余は不知である。

6  原告らの損害の主張に対する被告らの反論

(1) 幼児の逸失利益の算定は、不確定性を伴うのが一般であるから、できるだけ控え目な算定方法を採るべきであり、したがつて一八歳から一九歳までの男子平均給与額を基準とすべきである。

(2) 葬儀費および仏壇購入費のうち、五〇万円を越える部分は本件事故と相当因果関係を有しない。

三  抗弁(被告両名)

1  損益相殺

亡史幸は、本件事故当時二歳九月であったから、就労を開始する一八歳に達するまでの一五年三か月間に少くとも一か月二万円の養育費が必要であつたところ、原告らは本件事故のため右養育費の出費を免れたのであるから、亡史幸の逸失利益の算定に当つては右養育費を控除すべきである。

2  過失相殺

本件道路は、幅員六・五メートルで両側に歩道があつてガードレールが設置されているところ、被告須藤が本件現場附近に差しかかつた際、先方左側に駐車車両があつて先行車が右側に出て進行したため、同被告も右側に出て進行しようとしたところ、史幸が突然道路を横断しようとして、ガードレールの切れ目を通つて右駐車車両の陰から飛び出したため本件事故が発生したものである。したがつて、亡史幸に事故発生についての過失があり、又は同人の親権者である原告らに同人の軽卒な行動を抑制しなかつた監護上の過失があつたから、損害賠償額の算定に際し過失相殺すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2のうち、本件道路にガードレールが設置されており、史幸が駐車車両の陰から飛び出し、原告らに監護義務上の過失があつたとの点はいずれも否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(本件交通事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任原因

1  被告会社

被告会社が本件自動車を所有していたことは当事者間に争いがないので、同被告は、右自動車を自己のため運行の用に供していたものとして自賠法三条の運行供用者に該当するというべきである。

2  被告須藤

成立に争いのない甲第一号証の一から一三まで、第七号証ならびに原告両名および被告(ただし後記措信しない部分を除く)各本人尋問の結果を総合すると、左の事実が認められる。

(一)  本件道路は、南西方向から北東方向に通ずる直線道路で、制限速度は毎時三〇キロメートルであり、アスフアルト舗装された車道の幅員は六・五メートルで、道路右側(北東方向に向つてのもの。以下同じ)の歩道の幅員は二・七メートル、左側のそれは二・五メートルであり、本件現場附近に左側に通ずる幅員四・三メートルの道路との交差点(以下本件交差点という)がある。本件道路両側にはほぼ人家が続いており、車道と歩道の間にガードレールが設置されているが、道路左側の交差点の前後では断続的な設置の仕方になつており、道路右側の本件交差点の斜右方に対応する部分は四・四メートルにわたりガードレールが除かれている。

(二)  被告須藤が、本件自動車を運転し、義姉須藤真砂代の運転する乗用自動車の後方約三〇メートルを追従して南西方向から北東方向に向け時速約六〇キロメートルで本件現場附近に差しかかつた際、折から史幸が前記交差点の手前六、七メートルの道路左側に駐車していた自動車の前方から道路右側のガードレールの設置されていない部分に向けて小走りで横断を開始しようとしており、同人に気付いた真砂代は急拠大きく右転把し同人を避譲して進行したが、被告須藤は、右駐車車両の左側を通過する際中央線を越えることとなることに注意を奪われ、前方を十分注視せず、かつ右真砂代運転の先行車の動静からも何らの危険を察知せずに右駐車車両の側方をいそいで通過しようとして加速して進行したため、約二三・八メートルに接近して始めて横断してくる史幸に気付き、直ちに急停止の措置を採つたが及ばず、道路中央附近で同人に本件自動車を衝突させ、同人を約二五メートル跳ね飛ばして頭蓋底骨折による脳挫傷により即死させた(同人が死亡したことは当事者間に争いがない)。

以上のとおり認められ、右認定に反する被告須藤本人の尋問の結果部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして右認定の事実に基づけば、本件道路における制限速度は毎時三〇キロメートルであるところ、被告須藤は、右制限速度を越える時速約六〇キロメートルで本件現場附近に差しかかり、折から史幸が前方を横断しようとしており、かつ先行車は同人に気付き急拠右転把の措置を採つたのであるから、同被告には、前方を注視し直ちに危険を察知して急停止および急転把の措置を採つて事故を未然に防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、前方注視を怠り、安全に前記駐車車両の側方を進行し得るものと軽信して加速進行した過失があつたものというべきである。よつて被告須藤は、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を免れない。

三  損害の発生

1  亡史幸の逸失利益

(一)  史幸は前記のとおり本件事故により即死したところ、前記甲第一号証の八および一一、原告両名の各本人尋問の結果によれば、史幸は昭和五一年七月二二日生れで、死亡当時満二歳の健康な男子であつたことが、また成立に争いのない甲第八号証の一、二によれば、昭和五三年度の男子労働者の平均給与額は一九万五二〇〇円、年間賞与額は六六万二三〇〇円であつたことがそれぞれ認められるので、右事実と弁論の全趣旨に基づけば、同人は本件事故によつて死亡しなければ、一八歳から六七歳まで四九年間就労可能であり、その間少くとも右昭和五三年度の男子労働者の平均賃金を下らない収入を得ることができた筈であり、その生活費は多くとも五〇パーセントを越えないものと認めるのが相当である。そこで、右収入から生活費を控除し、かつライプニツツ方式により年五パーセントの割合による中間利息を控除して、その現価を算定すると一二五〇万四五一〇円となり、亡史幸は、右同額の得べかりし利益を失つたものと認められる。

(算式)

(一九万五二〇〇(平均給与)×一二+六六万二三〇〇(年間賞与))×(一-50/100)(生活費控除)×(一九・一六一〇ライプニツツ係数-一〇・八三七七)=一二五〇万四五一〇(円未満四捨五入、以下同じ)

(二)  なお、被告らは、亡史幸の逸失利益から同人の死亡時より稼働開始時までの養育費を控除すべき旨主張するが、右逸失利益と養育費との間には損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利得の同質性がないから、右逸失利益から養育費を控除すべきでないと解すべきである。

(三)  原告らの相続

原告らが史幸の両親であり、同人の死亡によりその権利義務を二分の一宛相続したことは当事者間に争いがないから、原告らは、亡史幸の右逸失利益の損害賠償請求権を各二分の一宛相続したものと認められる。

2  葬儀費用および仏壇購入費

原告三枝俊治本人の尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証の一ないし四三および右本人尋問の結果によれば、原告俊治は、亡史幸の葬儀費用として金六八万七六五二円を、また仏壇購入費として金三二万五〇〇〇円を支出したことが認められるけれども、前記のように史幸は死亡当時二歳であり、右本人尋問の結果によれば同原告は当時三五歳の会社員であつたと認められ、また仏壇は将来にわたり同原告の他の親族の霊をまつるためにも使用され得るので、これら事実に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用は、仏壇購入費を含め金三五万円と認めるのが相当である。

3  雑費

(一)  原告俊治本人の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、および原告両名の各本人尋問の結果によれば、原告俊治は、その主張のとおり本件事故のためインドネシアのアサハン作業所から東京国際空港までの帰国旅費として金一四万二四〇〇円を要したことが認められる。

(二)  原告俊治本人の尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四号証および同尋問の結果によれば、同原告は亡史幸の死亡診断書料として金四万円を支払つたことが認められる。

4  原告らの慰謝料

前記のように原告らは史幸の両親であり、亡史幸は当時二歳であつたこと、前記の如き本件事故の態様と内容、および前記甲第三号証の一一ならびに原告両名の各本人尋問の結果によつて認められる原告らは本件事故によつてその二男である史幸を失い、深甚な精神的苦痛を受けた事実等諸般の事情を斟酌すると、原告らに対する慰謝料は、各自四〇〇万円宛と認めるのが相当である。

5  弁護士費用

原告俊治本人の尋問の結果によれば、同原告は本訴の追行を弁護士小篠映子に委任し、同人に着手金二〇万円を支払つたことが認められる。

四  過失相殺

史幸は本件事故当時二歳八月の幼児であつたから、まだ事理弁識能力を有しなかつたものというべきであるが、前記甲第一号証の一一および原告幸江本人尋問の結果によれば、原告らの住居は本件道路の右側にあり、原告幸江は、本件事故当日三男が病気であつたため、当時五歳直前であつた長男とその同年齢の友達に史幸を任せて遊ばせ、その際家の廻りで遊び道路に出ないよう注意したにすぎなかつたところ、右長男らは本件道路を横断して自動販売機でジユースを買い戻つたが、同人らについていつた史幸が遅れて一人で本件道路を横断しようとしたため本件事故に遭遭したことが認められ、右事実に基づけば、原告幸江には、まだ十分監護能力がない長男らに史幸の監視を任せた点において監護義務の過怠があつたものといわざるを得ず、右過失は被害者側の過失として過失相殺するのが相当である。そして右過失の内容、前記本件事故の状況等諸般の事情を斟酌すると、亡史幸および原告らの損害算定につき被害者側の過失として一〇パーセントの過失相殺を行うのが相当と認められる。

五  損害填補

原告らが自賠保険金計一七三七万八三〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らは右金員を各自二分の一である金八六八万九一五〇円宛その本件損害賠償請求権にそれぞれ充当したものと認められる。

六  結論

以上により、被告らは各自、原告俊治に対し、右三1ないし5の合計金一〇九八万四六五五円から四の過失相殺を行つた後の金九八八万六一九〇円より五の自賠保険金八六八万九一五〇円を控除した残額金一一九万七〇四〇円、原告幸江に対し三14の合計金一〇二五万二二五五円から四の過失相殺を行つた後の金九二二万七〇三〇円より五の自賠保険金八六八万九一五〇円を控除した残額金五三万七八八〇円、およびこれらに対する被告らが遅滞に陥つた後であることが明らかな昭和五四年一二月二九日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は、いずれも右の限度で正当として認容し、その余を失当して棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大喜多啓光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例